2017年03月12日

あえて…生き方の模索

こんばんは。

おかぁはんは今朝早くに法音寺や林泉寺を回って、次女と諏訪娘、五女、埼玉娘を連れて熊本地震で被災して亡くなった方のお手併せにでていました。


10日の朝8時過ぎに生命維持装置が外され永眠しました。

病院には髪が逆立って口はがぽっかり開いて生命維持装置=スパゲティ医療と理解してください。


流動食が流され生かされているだけの人がいるはずです。


そんな人でも手を握ればわづかな力で握り返す場合があります…だからおかぁはんは生命維持装置を外すことには反対でした。


足が不自由だった救われびとは今年初めに脳内出血により生命維持装置を装着することになりました。


意識が明瞭な頃、意識不明確になった場合は家族の判断で次の待ち人に席を譲るように遺言されており、握る力が衰えて医師の確認と病院長や副医院長、看護総婦長と家族、おかぁはん立ち会いのもと生命維持装置を外して虹の里へ渡られたのです。


患者の意識がなくても生きてるのが実感できればいい←そのために重篤な患者さんを病院に入れられず死なせてもかまわないのでしょうか?


意識不明確になった時こそ、患者さんの手を握って生なのか終なのか確かめるべきではないではないでしょうか?


見舞いにも行かない、すべて病院任せにしたら重篤な患者さんは入院どころか救急車の中で終わってしまいます…とおかぁはんは怒り心頭だと言います。


自分の親やご主人の親が意識不明確になってしまったら…覚悟はできますか?


スパゲティ医療でつないで知らぬ存ぜぬを通しますか?


最高裁判例はできるだけは尽くして書面化し同意と立ち会いがなければダメだとなっています←先に意識不明確になった患者さん優先で重篤な患者さんは後回しで構わないとも取れるんですね…



重篤な患者さんを後回しでも構わない←いのちの重さを理解できてないと…


医療の裏方にはこんなことがあるんだと言う事をわかっていただけたらいいな…と思います  続きを読む


Posted by おとぉはんです。 学校が遠くて通えない娘たちも囲んでのわちゃわちゃ家族日記書いてます。 昭和レトロなお家での家族コメディ、いつでもおじゃましてください! at 17:23Comments(0)心の素養

2017年03月12日

新庄のおじさんの楽しみ!

おはようございます。今日帰路につきますが、まなとママがおじさんの楽しみを持参。


紅まどか、文旦の枝がわりです。


重さ1キロあります。


むくとこんなんです。


収穫のお手伝いに行った先でもらいました。


新庄のおじさん、喜ぶのなんのって(笑)


一年に一度しかないんでね…


80歳過ぎても子供なみに喜んでいたおじさん宅、笑いがたえませんでした  続きを読む


Posted by おとぉはんです。 学校が遠くて通えない娘たちも囲んでのわちゃわちゃ家族日記書いてます。 昭和レトロなお家での家族コメディ、いつでもおじゃましてください! at 07:40Comments(0)食べたものからからだはできている